スティーブン・キング「心霊電流」

 

心霊電流 上

心霊電流 上

 

 

 

心霊電流 下

心霊電流 下

 

 牧師さんが大きな存在となってストーリーが展開されますが

信仰や宗教に対する、スティーブン・キングの表現は

ある意味非常に的を得ているように思えてならなかった。

 

何度もうなづいた。

 

スティーブン・キングの書くものの根底に流れている

人間考察が好きだし

例えの使い方も私には響く。 

 

信仰や宗教でなくても、ある種の「教え」でもいいのですが

物事の1つの側面、視点としては私が以前 警鐘を鳴らしたいような気持になった類のことが書いてありました。

 

 

では今はどうか?

 

しかし、それらを否定したり、警鐘を鳴らしたい気持ちはさらさら無くなった。

しかし、特定のものを勧めもしないということは以前から変わらない。

 

警鐘を鳴らしたくなる様な気持ちが今湧きおこらないのは

私自身がいったい何が引っかかっていて、気に入らないような気持悪さを何故自分が感じるのかというところを自分で見つめて、

(あぁ なるほど、そこが私の中で辻褄が合わないと感じるから気持ち悪いんだ)と整理できたのがその理由です。

 

ホームページのコラムのコラムや、このブログにアウトプットしたことも良かった。

一層まとまりました。

 

先日も

「宗教についてどう思いますか?」という超ビッグクエスチョンに

「どう思いますか?というのは、良いと思うのか?悪いと思うのか?という意味の質問ですか?

そもそも宗教をどう思いますか?というご質問でしたら「どうも思いません。」というのか答えかもしれないです。

お会いした方から、その方に特定の信仰があると伺えば『そうなんですね』と思い、

私には信仰心はありませんと伺えば『そうなんですね』と思います。」と答えました。

 

 

私の中では

幸せの基準は様々と言う事に、このご質問の答えなどもすべて含まれています。

 

 

ホームページのコラムにも、そう言った事を幾つか書いています。

宜しければ読んで下さい。

takedamiki.wpx.jp

 

 


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お母さん、お父さん。

ちびっ子達と接するということは

お母さんやお父さんと接することでもあります。

 

ちびっ子達が個性豊かなように

お母さん、お父さんも同じ性格の方はいません。

 

そして、多国籍だったりします。

 

私には当然 ママ友 が存在しませんが、

初めて子育て支援センターにちびっ子と遊びに行ったら

ママ達がいらっしゃいました。

 

新鮮ですね!

 

広いところで、

おもちゃもふんだんに用意されていて

保育士さんも数名詰めておられて

体育系の遊び道具として鉄棒やトランポリンまであるなんてことは全然知りませんでした。

 

楽しそうに鉄棒をしていて

もう少して逆上がりを自然に覚えそうなほど運動神経が発達している彼女の

楽しそうに遊んでいる姿を見る事ができました。

 

まさかまさか、

自分がママさん達に混ざって

他の子供達も遊ぶ姿を見る日がくるなんてね。

 

彼女と同年代の子供の

コミュニケーションを学ぶ前の独特の交流のなさも

他の子が遊んでいるおもちゃで遊びたくなる変化も、

他の子供達が遊んでいるおもちゃは俄然楽しく見えてくるんだろうなぁ という姿は

大人も一緒だな〜と思いました。

 

ということは

やっぱり大人が、隣の芝生が青く見えたり、自分以外が楽しく生きているように見えるのは

本能なんだなって理解しました。

 

ただ、

その本能が、大人脳に成長できたり

理性などが発達して、本能のままに動かなくなるヒトがいるだけで

デフォルトは「本能の反応」なのでしょうね。

 

仕事を覚えたりしても

子育てを経験しても

この本能の反応を司る脳がそっくり成長するわけではなくて、

それはまた別でしょう。

 

 

単純なパレートの法則を採用するならば、

本能のままじゃないパーソナリティの方が人口の2割ということになりそうです。

 

本能で反応するからこそマスメディアや情報で購買意欲が刺激されたり、不安がかきたてられたりすると考えがちですが

逆説的な思考なら、今本当は自分に起きていないことを、やたらと不安を煽られないのも本来の本能のような気がします。

 

ですから、思考の深さと幅も「隣の芝生」の見え方に影響しているんだな、と思わずにはいられません。

 

 

我が子だからこそ、思い入れも一層強くなるでしょう。

お父さんもお母さんもいろんな想いを抱えながら子育てされているんだな。という事を益々実感しています。

 

 

ですから

何かあると全て親のせいにされるのも、

なんとも切ないなと感じることもあります。

 

 

私のお会いするお母さん、お父さんは

皆さん 一生懸命子育てされてます。

楽しむと言うより、我が子のために!という親心が伝わってきます。

 

きっとウチの両親も同じだったでしょう。

コミュニケーションが苦手だったり、

精神的に乱高下したり

不安定な時があり

子育てを忘れた時も長かったかもしれないが

やっぱり一生懸命生きてたんだな。と理解はしていたつもりですが

「親のせいばかりにするのもなぁ」と、自分が生きてきた環境を理解した時に、セットのようにして許しや受容が終了したような気がします。

こういった私の心理模様の変化は、もう何年もおきたことですが、

ツンツルツンになったような(執着の無さの)爽快感を感じました。

ツンツルツンだからもうそこには何も引っかからない。

 そんな感じです。

 

ですから、

ちびっ子達から学ぶことも多いのですが、

ツンツルツンだからこそ

他人様の家族とはいえ、親心をひしひしと感じる事が出来るのもありがたい体験だと感謝しています。

 

子供達も

一生懸命のお母さん、お父さん達も

私がサポートできることはしたいと思っています。

 

その日、その時、サポートとして居合わせる。

それがその瞬間の私の最大の役割であると思っています。

 

f:id:takedamiki-J:20190701174001j:image

写真は車のディーラー トヨタに設置されていた遊び場です。

 

こういうスペースって、

時としてめっちゃ助かりますよね。(^^)

 


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数字の「1」

言葉の早い子とゆっくりな子がいることは情報として知っている。

実際、違いがある事は特に今年になってから体験している。

 

親御さんが、言葉の覚える早さを

他のお子さんと比べてしまい

焦ることもあるだろうと思う。

 

しかし、

言葉、発語の早さ以外にも

子どもたちはどんどん成長している。

 

先日、

たまたま私がいる時に、

ちびっ子が手足を動かしつつ擬音を伴って遊びだした。

 

お母さんに

「最近のブームなの?」と質問したら

「見たことない!初めて見た!(O_O)

今初めてやりだした」とのこと。

「保育園で習ったのかな?」と聞けば

「今まではこの動きはしたことないけど」とのこと。

 

彼女が人生で初めての遊びをした場に居合わせたわけだ。

 

体の動きと擬音の組み合わせは

きっと今までもあっただろうけど

人生初の組み合わせ。

 

脳内シナプスの新しい繋がりが目に見えるような気がした。

 

こうやって、新しい組み合わせがストックされていく。

 

そして、彼女は運動能力が素晴らしいので

いつでも助けられるように見ているが

バランスをとりながら、腕の力だけで移動する様や

おもちゃの遊び方を習得していく様子を頼もしく思っている。

 

 

この日は、今までは、まだ絵本を読むよりも

ページをめくるという動作が優先だった彼女と

初めて1ページ1ページめくって最後まで読んだ。

 

それまではずっと絵本を読みはじめると

彼女に、「手を伸ばしてページをめくる」衝動が起きていたので

それに私も寄り添って読むのをやめていたが、

あえて、この日は「順番に読んでみようね」と声をかけて

彼女がページをめくると、読んでいたところに戻って

「続きを読むね」と1ページずつ丁寧にめくる、読む(聞く、見るですかね)ということを私もトライしてみた。

 

絵本を読む習慣ができるまでは

子ども側にも

おそらく「待つ」「我慢」というような作用が必要なんだと思った。

「絵本」というストーリー・お話を楽しむ・楽しめるというのも才能なのだろう。

想像力のある種の使い方を習得する訓練のようなものなんだな〜と気がついた。

 

そういったものが育つ前は

絵本のストーリーに興味が持てないのかもしれない。

楽しみ方がわからないのかもな〜とおもったのです。

すると、ストーリーに興味が無ければ

読みはじめて直ぐにバサっと絵本の最後までめくる彼女の気持ちもわかる。

 

年齢的にも

ストーリーじゃなくて、

イラスト、色遣いを楽しむ段階なのだろうとも思うし。

 

 

そのうえで、あえて、バサっとめくっても、前に戻ってその続きを読んでみた。

 

良かったのは、最初に彼女が持ってきた絵本がとてもシンプルで、短めだったこと。

 

2冊目は分厚い本だったけど、

なんとまあ、最後まで全てのページを2人で読むことができた。(眺める事ができた)

 

やってみて思ったのは

私も初めて見るページがあったのも新鮮だったことと

 

彼女が絵本の中の共通点(ここにも犬がいる。ここにはさっきと違う犬がいる。もっと先にも犬が出てくる)を指摘する様を見ていると

絵本の大きな流れを把握してるんだなぁと気がついたこと。

 

バサっとめくりつつも、

何度もなんどもそれを繰り返して、

やっぱり覚えているんだとわかったこと。

 

おにぎりが出てきたら

「ごはん!」と違う言葉に置き換えていたり、

食べる仕草をするのも以前とは違う。

 

興味の視点が増えたなぁ〜と短期間の成長や変化が頼もしかった。

 

発語や言葉に直ぐに反映されなくても

理解は格段に進んでいる。

それは、仕草や今の段階の発語でも知ることができる。

 

 

そして、もっとも オッ! っと注目したのは

ただの音だった 「1 イチ」が

絵本の中の1という文字を見て

「イチ」と言うようになっていた!

 

数字の観念の発生だ!

 

これからドンドン数字の観念が増えていくんだなぁと不思議と私がワクワクしたのであった。笑

 

f:id:takedamiki-J:20190630163404j:image

 

フィッシュボーンの出来事。

暑いんだよぅ

 

と口に出しても涼しくならない。

 

今年も梅雨明けをして

益々夏が来た。

 

そして、今年は半分過ぎた。

 

私の今年になってから半分過ぎるまでの大きな変化は

子供達と接する機会が増えて、私自身も大変感銘を受けたり、楽しかったりすることです。

 

 

思考の整理手法の一つに

フィッシュボーンという図式化法がある。

 

子どもさんとテレビを見ている時に

フィッシュボーンについて流れてきたので

テレビで説明する前に 

「フィッシュボーンだな」とつぶやいてしまった私。

f:id:takedamiki-J:20190630165955j:image

 

子どもさんとテレビは見ていたけど

この年齢の子供に

ただ情報としてフィッシュボーン思考整理法を伝えても

実際使わないとただの情報で終わるだろうな。と口には出さないけれど、うっすら考えていたような気がする。

 

 

その翌日か、翌々日に

今度はデータの整理法についてテレビで流れ始めた。

 

一緒に見ていた彼は

データを帯グラフで分類されているのを見て

「円グラフが良いよ」とつぶやいた。

 

(お主、やるな)と思いましたよ。

 

もう学校で円グラフとか習うの?と訊いてみた。

確か答えは「ううん。(noの意)」だった気がするが

それを聞いてももう驚かない。

 

彼は飛び級が出来る国なら、

きっと脳内ペースと、学ぶペースが心地よく合うんじゃないかな?と勝手に思うほどの知力がある。

 

だから2人でいるときの言葉は

子供だからという手加減はしない。

この知力の彼に、子供言葉は失礼な気がするんです。

 

そして、手加減をしない私を

割と受け止めてくれている。

 

子供としての配慮はするけれど

それは必要のない子に向けて子供言葉を使うことではない。(と、私は思ってる)

 

そんな私が円グラフの質問をし

彼は、棒グラフはこのケースには合わないと言い

加えて私が「パソコンでデータを作る時に、数値を入力したらいろんなグラフが一発で出来るソフトがあるから、◯◯君も使うようになると思うよ」と言ったら

おそらく初めて聞く話だったのだろう、ジッと私の顔を見ながら今聞いたことを脳内に吸収していた。

 

そして一言

「考えるときはフィッシュボーンでしょ」と言われた。

 

彼は一度聞いたら言葉を覚えて、

使い方も理解した模様だった。

時間があるなら、一緒にフィッシュボーン思考整理法を書きたいほどだ。

 

彼が天才か秀才かは

私のような山猿には判断できないけど

子ども達と向き合って会話すると、とめどなく楽しい。

 

びっくり箱みたいなところから

素晴らしい才能がどんどん出てくる。

 

どの子にも

人生を謳歌してほしい。

色々あるかもしれないけど、

それを自分で消化吸収して貰えたら良いなと思う。

 

よそ様の子どもたちなんだけど

こんな想いが湧いてくる。

 

f:id:takedamiki-J:20190630151953j:image

 

頂いた写真です。

綺麗ですね(^^)

ラジオの動画が現れました。(笑)

ラジオ動画を探していましたが、

ヒットしませんでした。

 

そして数日たった今、

ようやくヒット!

 

2週分のラジオ画像です。

 

2019年6月18日(火)沖繩カウンセリングラジオ

 

2019年6月25日(火)沖縄カウンセリングラジオ

 

 

 

 

f:id:takedamiki-J:20190628093705j:plain

saikoさん お綺麗ですね!

 

ブログの更新がなかなかできない時が増えてきてますが

なるべく書きます(^^)

 

 

Skypeを利用したカウンセリング フィードバックを頂きました。

━━━━━━━━━━━━<< 評価内容 >>━━━━━━━━━━━━

評価: 非常に良かった

 

コメント:

プライベートや会社のことで頭がごちゃごちゃになってしまい、体調にも影響がでてきたため、Miki先生に助けていただきました。

悩みの根底がうまく言葉にできなかったのですが、ちゃんと理解していただけて、具体的な現在の状況の分析や対策を、一般論ではなく

きちんと「私個人」にフォーカスした内容や方法で教えていただけて、とても救われた気がします。ありがとうございました。

 

 

タグ:
内容が充実 / 話しやすい / レベルに合わせてくれる

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

以上のようにフィードバックを頂きました。

ありがとうございます。

 

心から感謝申し上げます。

 

f:id:takedamiki-J:20190623224555j:plain

congerdesignによるPixabayからの画像

 

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自分は突き抜けられない。突き抜けた経験がないと感じる皆様へ

子どもを理解するってなんだろう?

Facebookファンページの投稿

Facebookファンページにこの投稿をしました。
 
この続きを書いてみます。
 
—————
 
土砂降りの雨の中、スポーツをする子ども達を眺めていたら、
根性が入っていたわたしの子供時代の同級生達を思い出した。
私はそこそこやるが、しかし、突出するほどスポーツに対する気合はなく、スポーツの成績も持って生まれた身体能力レベルで取れるところから伸びなかった。
根性が入っていた同級生達は、持って生まれた身体能力 プラス(+)努力や精神力を加えて伸びていき
出場する大会も全国上位レベル。

違うな〜
私には出来ないな〜って思ってた。

自分と優秀な彼、彼女達の違いを子どもながら認識してたし、その後もなんだか自分の負け癖、逃げ癖を認識したこともあった。

しかし、今、
学校では全く注目されない能力が自分の人生を楽しくしたり、役に立っている。

今は別に、逃げることも無いし、負けることも無い。
自分への誤魔化しもない。

私自身も変化をしているが、基本私である。
ずっと同じ、「わたし」。
だけど、
環境や視点で人生は大きく変わるように感じられる。

取り立てて、何者かにならずとも、人生を生きてるだけで、道のようなものが見えてきたり、
いつの間にか道に沿ってたりするもんだなぁ って思った。

この経緯に【有って良かった】、【出会って良かった】と思うのは、自分をケアする方法を知ったことと実際に行ったこと。

自分のケア、バランス調整に大切に取り組んできてマジ良かった。
ほんとそう思う。

子供の頃、自分ができない事を、やり遂げていく同級生を見て自責や自罰を感じた私はもう居ない。

お陰様で居なくなって随分になる。

※お子さんが数学が得意だから、数学の勉強に専念するためにアメリカに来て、住んでいる親子さんに会ったことがあります。
日本の全教科均等に勉強というスタイルは合わない。数学の能力を伸ばす事がお子さんが活き活きするという事でした。
そのお話をお母さんから伺いましたが、そのお母様に見事に迷いや揺らぎがなかった事がとても印象的でした。
その時の子供の能力を理解している存在がいるって良いな。と素直に思った。
ちなみにウチの親は、一般的?な、私を見るんじゃなくて、周りを見て、焦るタイプでした。
だから、親子のこういう関係性って有るんだね〜と深く記憶に残った。

〇セルフケアはコレが良いです。
心理学に興味のある方はこちら。
👇

kinesiology.wp-x.jp

〇心理学は苦手、嫌いという方は、こちらのセルフケアがオススメ。
(メニューにはまだ無いのですが、セルフケアの流れが完成しています)
👇
 

kinesiology.wp-x.jp

 

f:id:takedamiki-J:20190623125041j:plain

豪雨が一時収まった時の写真。この後は窓の外が見えない一層の土砂降りでした。

————

この続き。大人になったあなたの今の環境はどういうものだろうか?

 

あなたは子供の頃から、大人へと変化したことがあるだろうか?
 
あるとか、ないとかは別に優劣ではなく
あくまで現状確認です。
 
子供の頃、親や周りの人に理解されなかった悲しみや悔しさ、不安を
大人になってもまだ現在進行形で感じているだろうか?
 
おそらくそれを得ることは難しいと思いつつ
親が自分に申し訳ないと謝るまでは許さないと決めていたりするだろうか?
または、親を投影して、今、あなたの周りに存在している家族や他人に
自己承認欲求を求め続けているだろうか?
 
はたまた、
子供の頃の優秀な知人、友人への劣等感を抱え続けているだろうか?
 
これらは、珍しいことでもなんでもなく、
非常に多くの方が自覚、無自覚問わず内包していたりする。
 
自分が、その羨ましいとか、あの人には勝てないと思っているのを認めると
案外人生の駒は進んだりする。
自分に無いと思っているから執着が生まれる。
 
そう、負けたくないという負けん気は
余裕がある側は感じていない。
そもそもそこを気にしていないのだから。
余裕がある方は、出来て当たり前、やって当たり前という
そもそもの特別感がないことが多い。
 
 
それを感じているのは、
実は焦ったりしている方だったりする。
自分で、相手より能力が劣っていると思い込んでいる方だったりする。
 
そう、双方、見ている風景が違う。
認知バイアスが違うのです。
 
嫉妬も同じような仕組みがある。
 
こんな当たり前のことを何度も何度も書いてきたけれど
子供の頃に慣れ親しんだ認知、モノサシ、価値観を
成長と共に上書きしていくこともとっても大切なんですよね。
 
バージョンアップでもいい。
 
これすら好みと向き不向きがある。
 
 
仕事を覚えたら大人になった気持ちになるが
内面も成長する方が、後年ねじれ現象で苦しむ確率が低い。
 
修行も結構だし
修行思想も好き好きだけれど
自分が置き去りになっていると修行も空回りするということを
私自身が過去経験したので
心の底からご自分のケアをお薦めしている。
 
できなかった自分を認めて、許してみませんか?
 
 ちなみに私は、修行思想は手放し済みである。
私にとっては非常に良い判断・選択だった。
 
 
そして、突き抜けたら突きぬけたで、
自己理解の度合いによっては
また別の悩みのトンネルが準備されていたりする。
 
突き抜けても、突き抜けなくても
悩んでいる、ストレスを感じるのがあなた自身である限り
バランス調整をする対象も、生きやすさのアプローチ先も
アナタしかいない。
 
おそらく問題は「突き抜けたかどうか?」じゃないようですよ。


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世代問わず 映画の話や音楽で楽しめる幸せ

度々、ちびっ子たちとの体験談をこちらに書いていますが

また書きたくなったことがあります。

 

とあるちびっ子達とは

一緒に花の蜜を吸ったり、

音楽を聴いたりするのも楽しんでいる。

 

映画の話もする。

 

モンスターホテルも彼らたちが教えてくれた映画。

 

 

 

モンスター・ホテル2 (吹替版)

 

 

 

モンスター・ホテル (吹替版)

 

 

彼らの解るような、私が聞かないジャンルの曲も流したりするけど

私自身が、昔から映画の中で使用されている曲を聞くので

ちびっ子達が見ている映画の曲も流したりしていた。

 

ベイマックスの中の曲も、ちびっ子は気がついて

「これ知ってる!」というので

「これはベイマックスの曲だよ」と伝えた。

 

 

 

で、どうやら、ちびっ子たちは、自分たちが知らない曲でもノリが良ければ気に入って聞いていることがわかり、

ある日、私が普段聞いている洋曲をちびっ子が知らないであろうけれど流していた。

 

 

そしたら、

「アイアンマン!」と彼らが声を合わせて盛り上がった。

 

 

 

この曲なに?と聞かれたので「ビヨンセだったと思うよ」と言うと

映画で使われているそうだ。

私は懐かしい曲だと思って流していただけなんだけど

どうやらアイアンマンの中で使われているらしく

 

そしてアイアンマンには決め台詞があって

それをマネして言うではないか。

 

超絶可愛いのである。

 

アイアンマン (吹替版)

アイアンマン (吹替版)

 

 

 

そしたら

「武田さん、singの曲もある?」と問われた。

 

singっていろいろあるよ。

 

私が最初にちびっ子に尋ねたのは

「Ed Sheeranの?」であった。

だってこの曲、私がスゲー好きだから。

 

それに、ちびっ子がどこかで聞いて、好きになったのかも知れない。

 

Ed Sheeran – Sing [Official]

 

しかし、sing違いであった。

 

ちびっ子の「?????」という反応に次なるsingの登場。

 

 「映画のsing?」と聞いたら

「象が歌うやつ」というのでビンゴでした。

シング

シング

 

 

実は、この映画「sing」の中の曲も流せるんだけど

曲が沢山あるのと、

どれがそれだったのか直ぐに思い出せず、

「次に流せるようにしておくね」と言って別れた。

 

祖母と孫くらいの年齢差だけど

共通の話題で盛り上がれるなんて幸せだ。

 

だから、アイアンマンもレンタルしてきて見てみようと思っている。

 

 


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書籍 アリス・ミラー「魂の殺人」

 

魂の殺人 新装版

魂の殺人 新装版

 

 

 

魂の殺人には、いくつも事例が挙げられているが

一昔前の学校現場でも

当たり前に暴力が「しつけ」「教育」という名前で行われていた。

 

地域性もあるけれど、

私の生まれ育った愛知県はその当時、管理教育で全国的に有名で、その当時の管理教育とは軍隊式とも言えるんじゃないかしら。

だから、体罰が教員に正当化されがちな時代があった。

 

鉄拳制裁が大手を振って行われていた傾向があったように記憶している。

 

私などは山猿のため

身体のどこかに体罰をされて

心の中で(これってなんだよ。これは教育の名前を借りたただの圧力だろ)と

生意気な考えが浮かんだ一瞬、顔つきにそれが丸出しになり

「なんて目つきしてんだよ!」と余計に教師が激昂し

頭を窓ガラスに叩きつけられたという体験がある。

 

運良く窓ガラスは割れなかったが、

相当に派手な音がしたこともあって教師もビビった(窓ガラスがわれて、頭から血を流す女子生徒がイメージできたんですね)ため

それ以降、私には鉄拳制裁をしなくなるというわかりやすい変化があった。

(その分他の生徒が制裁される回数が増えたのか、そもそも暴力が減ったのか不明)

 

要するに、その教師は信念に基づいて鉄拳制裁してるわけじゃなく

感情の反応で手を出していたわけで

生徒の私たちすら我慢や自制していることを

教育という美旗を盾に(背景に)行っていただけだという事です。

 

この本の中にはこういった行動のことを「教育的操作」と表現されていました。

 

これに慣れてしまうと

人生も誰かに操作して欲しいような生き方になりがちかと思えます。

 

 

という自分のエピソードを思い出した内容やそれ以上の内容、これは大変だ・・・という子供達の様子がこの本には書かれていました。

 

そして、

子供たちに大変な思いをさせる側の大人も、その子供時代に自分が同じ目にあってることも。

 

こう言ったことは、

後述しますが、

子供時代の憎悪を、他人をコントロール「操作」して復讐しているに過ぎないというケースがある。

 

 

 

私の場合は、

ひねくれていたり、

生意気だったので

それ(体罰)が、自分のために行われているから、わたしが悪いのだ。と洗脳されなかっただだけで(問答無用で殴ることはないだろ、と思っていた。事情聴取・事実確認をしたらどうなんだ、とも思っていた。)

圧力?に反抗する気持ちがあったから

この教師に魂の殺人をされることは皆無でした。

 

ただ

聞き分けの良い扱いやすい生徒では無いから、

先生に可愛がられないという、

学校生活での生きづらさというか

(上手く立ち回ることができない)という自分の生き下手さは自覚しました。

 

しかし、学校生活は一生ではなく

それをなんとかやり過ごしたら社会に出るわけです。

 

私は学校生活より

大変なことは余程多くても社会に出てからの方が天国だった。

(こう言ったことはこれまでも度々書いています)

 

管理教育が活発じゃない地域に生まれ育っていたら、同じように感じるかはわからない。

管理教育が有名だった愛知県でも、暴力など行わない学校も沢山あったので、要するに私の学力レベルが引き起こしたこととも言えるが、

学力がイマイチだからといって、問答無用に手をだしても良いわけじゃない。

こういった体験をしない環境だったら

学校生活、超楽しかった!なんて思っていたかもしれないが

少なくとも今の人生には数年間、学校に対して、圧力に屈する場所だと思った期間は時々あった。

 

 

そして、もっと大人になり

教師という仕事は、真面目に取り組めば取り組むほど大変なんだ。という事もわかってきた。

 

私達が「先生の仕事」と認識できないジャンルの仕事も、先生として教える時間以上にあるということも知った。

 

その時代を体験したせいか

ちょっとして事も体罰だ!と責める事も

なんでもかんでも直ぐにハラスメントだという事にも賛同する気持ちも無い。

 

いつも書くが

山猿時代にも経験して良かったと思えることだってある。

当時の出来事を思い出しても、恨みもつらみも湧きおこらないし、

身体の反応もONだ。

もうその影響で身体がストレスを感じる時間は終わっている。

 

当時の先生たちの年齢を超えて思う事は

教師という職業の皆さんも

セルフケアをされていた方が良いね。ということです。

 

そうしたら、

投影により対人のバランスを欠くことも、ただ感情の反応で精神が乱高下する事も減る。

 

 

教師に限らず、

皆さんに自分のケア、パーソナルケアをオススメしています。

 

生きやすくなります。

生きづらさが減ります。

 

 

学校時代の思い出がいまだに引っかかるようなものがあったら

教師ではなく、生徒側だったかたにも

自分のケア、パーソナルケアをオススメします。

 

とっくに終わっていることに、本当に決着をつけて完了させていくと楽になりますよ。

 

f:id:takedamiki-J:20190619211431j:plain

Jhon DalによるPixabayからの画像

 

 

 


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子どものために朝のワイドショーを見せたくないと思ったのですが、本当に子どものためなのか?と思えた瞬間がありました。

ちびっ子が朝ごはんを食べている場に一緒にいました。

 

テレビは子供向けの番組が流れていたのを

ちびっ子がワイドショーにチャンネルを変えました。

ウチには見られるテレビが無いので

子供向けの朝の番組も知らないし

朝に限らずワイドショーも見ない。

 

久しぶりに見た、朝のワイドショーで

残酷な映像が流れていてビックリ。

 

「え〜〜チャンネル変えて違うの見ない?」と思わず口からでました。

テレビ消そうよ。とは言わなかった。(その家庭のルールってあるもんです。)

子供に見せたく無いという気持ちもあったけど、私自身が(朝からの残酷な場面)に反応してる。

 

ちびっ子は平気でテレビを見てます。

 

そう言えば、私も子供の頃は朝ワイドショーを見てご飯食べてましたが、残酷性だけがすくすく育つこともなく、極度に鈍くなることもなく育ちましたから、

テレビの影響については、個々の捉え方がある事を思い出しましたし、

「残酷」を見せたく無いからと、ただただ視界から排除するというのも少し違うのかもしれないですね。

 

 

そして、ワイドショーの話題が

例の年金2000万円問題に話題が移りました。

 

テレビの中では

月々いくらで、何十年生きるので、合計2000万円です。

と、話してる。

 

 

ちびっ子はおもむろに電卓を持ってきて、キーを叩きました。

 

何をするのかは察したものの、私は何も言わずテレビを眺めていました。

 

そして、彼は計算後の電卓の数字を私に見せました。

 

そこには、

19,800,000と表示されていました。

 

そして一言

「2000万円じゃ無いね」。

 

その時私が何を思ったかというと

彼の年齢を考えると相当な聡明さを感じたんですね。

 

そして、実際の私の発言は

「本当だね。2000万円、2000万円と言ってるけど、実際に計算したら2000万円じゃ無いね。

このニュースを見て、実際に◯◯君のように電卓を叩いて確認した人は何人ぐらいいるかな?

私はとっても少ないと思えてる。

暗算が得意な人は直ぐに自然と暗算しちゃうかもしれないけど、それ以外は、言われたまま聞いてるだけってことが多いかも知れないね。(実際私がそうでした)

◯◯君みたいに本当のことを検証しようと思うだけじゃなくて、それ本当?と言うだけじゃなくて、実際に確認をするのはとっても凄い事だと思うよ。素晴らしい習慣だとおもって感動したよ」と言いました。

 

彼は小学2年生です。

 

私自身がワイドショーを見せたく無い、見たく無いからと言って番組を変えていたらこの朝、この出来事は起こらなかっただろうし

わたしも彼の聡明さに気付き始めていたものの、このような才能に触れることは無かった。

もし気がつく事があっても、もっと先だっただろうと思いました。

 

大人の「見せたく無い」という判断が正しいとは限らないなとしみじみ思いました。

それはひょっとして大人の判断じゃなくて、大人の感情的な反応なだけってこともありますね。

 

少なくともこの時の彼は、ワイドショーの内容を鵜呑みにするという選択肢は無かったわけです。

 

大人は自分のその感情の反応に「それらしい意味付け」や「理屈」を引っ張ってきてるだけってこと、幾らでもあります。

 そして、このような反応は子供もあります。

 

なんだか、彼の聡明さに感銘を受けたり、

人間らしさの所以に想いを馳せたりと

とても素晴らしい体験をした朝でした。

 

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Vidmir RaicによるPixabayからの画像

 

 

 


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