体表だから思いっきり目視できる変化

傍からは目視出来ない変化については既に書きました

私がどんなにその感覚を書こうとも、傍からは確認できない変化って多岐にわたりますが、その内の1つについて書いた記事が ↓ です。

ひょっとして!? ついに? 祝?

 

本日は明らかな変化について書きます

その前にいきなり得意な横道へ入る

上の症例(というのか)については、東京で治療を受けたことと関係が有るとも無いとも言い切れないのですが、「言いきれない=証明できない」のは確かなのですが、でも関係がないとも言い切れない。

本題に入る前に私の治療や施術についての私見の理解について書きたい。

 

全ては連結・関係している。というようなモノの見方しています。

 

どういうことかと言いますと、治療や施術をする側も、受ける側も自分が好ましい関連付けもしますでしょ? Aさんが気に入ったなら「良くなったのはAさんが原因だ」と思うのが人情だろうし、Bさんがどんな理由があるにせよ気に入らないのなら「良くなったことにBさんは関係ない」と思いたくなるのも人情。(認めて欲しい側の話としても文章を変えてみてください)

それはAさんは認めても良いけど、Bさんは認めないぞ!と頑張っちゃったりするのもヒトの心だったりするからだ。Aさんに影響をうけたことは受け入れやすいけど、Bさんに恩恵を被ったと思うのはプライドが許さないとか。まぁヒトっていろいろ考えるわけですよ。

Bさんへの「認めないぞ」心は、そういったことが自分にはあると自覚できた方が客観力はあるでしょうが、たいていはその「認めないぞ!」ということが格好悪い(そこもプライドが許さないという二重奏、三重奏だったりする)と思ったりして、本心を隠蔽したり、感じないようにしたりするのもヒトたるゆえんだろう。

愛すべき「ヒトの特徴」って沢山ある。

 

しかし、私の心体カウンセリング™ ・セラピー・ケアを仕事にする前の会社員時代、「嫌という程先輩Cさんの不満を耳にして、うつりたくない口癖が自分の脳に染みわたった」独特の違和感が(たぶん)ようやく解消されたのは、AもBも関係している。それは違和感の解消にも違和感の発生にも結局Cさんが関係しているようなことと似ている。

そうか、こんな時に最適な諺がありましたね、「風が吹けば桶屋が儲かる」という。

大きな話だと、「輪廻転生」みたいな考え方にもなりますか?

 

生命が続いている限り、全ては関連している。と書くとわかりづらいが、生きている限りなにかしらが関わり合って連続している。AもBもCもその連続性の中に含まれている。言葉を変えると、AもBもCも私の人生に含まれている。

イヤだろうが、認めたくなかろうが、嫌いだろうが、悲しかろうが、腹が立とうが、強烈に愛していようが。

 

だから、「ナニカ=ナニカ」「原因を1つに特定=結果を1つに特定」ということはできないと思っています。良いことも悪いことも。

 

このように、私は結構この辺りが厳しめというか、研究者みたいな気分になるとそう簡単に「原因を1つに特定=結果を1つに特定」とはしない傾向にあります。

 

話を少しずつ戻すと、それは治療や施術を受けることだけじゃなくて、心体カウンセリング™ ・セラピー・ケアをする側としても。今は「治癒は本人のタイミングで治癒する」ということをしみじみと感じているので、「治癒には私にチカラが云々」みたいな顕示欲やそれこそ承認欲求もなりを潜めている。

私などは、他人様の人生劇場に一瞬通りかかるだけだったりする。時には他人様の人生劇場にしばらく登場人物として名前まで頂戴して関わることもあるが、それでもいつかは出番が終わって退場する。他人様の人生劇場に足跡を残したいという欲求とは、記憶に残りたいという欲求と似ているのかも知れないが、今は別にその辺りにたいした情熱は無い。だって決めるのは他人様だから。

 

ただ、しかし、治療や施術を受けている最中の体感、感覚が在るものに関してのそれらは、ちゃんと認識したいと思っている。好きだろうが嫌いだろうが、それはそれ。

私の脳の傾向として感情で感覚を抑え込むような事が難しいだけなんだけど。イメージは、感情はちゃんと強くあるんだけど、感覚がそれと同等、もしくはそれ以上に強いのかもなどと今書いていて思った。そのせめぎ合いがあったとしても、それをまた感じるという結構面倒な時もある。

 

こう思いながらも、目に見えている「これは治療を受けた後に変わったのでは?」箇所

という、原因と結果というような答えを、自分で「そう言う事にしておこう」以外には、そう簡単には言い切れないながらも、これらは治療を受けた影響ではなかろうか?と思った事を書きます。

沖縄に戻ってから、試験的にマグネシウムの吸収を増加させるようなことをやり始めましたので、単純に東京へ行く前と帰った後の比較する事ができませんが、それらを含めたうえで書いていきます。

Esi GrünhagenによるPixabayからの画像

1つ目

これも「1つの原因に1つの結果」にはならないのですが、しかし治療の影響かな?と思ったのは踵です(踵は足にしかありません)。踵がカサついていたんですね。

冬が終わって、暖かくなるにつれ自然にそのカサつきは変化したのかもしれないけれど、が、しかし、今はツルっととは言わないまでも、(カサついてる)というように気になることが無くなりました。

その変化に オッ! と思いまして、ブログに書いて記録したくなりました。

2つ目

それは、ある日 アレ??!! と気がついたのですが、右足の薬指の爪、この1枚の爪だけが色がどんよりしていた。この指に重いものでも落として、爪が変色したの? と思ったくらいです。

重いものを落としても気がつかないほど夢中でナニカをしていたのかな?って。

 

でも爪って伸びるし、剥がれそうなわけでもないし まぁいいか。と放置していた。

 

それが、東京から戻ってふと見たら、健康的な他の指と同じ色の爪が根元から生えており、変色した爪は爪を切るタイミングでどんどん減っている最中です。

 

原因を推測するといろいろ考えられるでしょうが、それはしないでおきます。(ナンデ?)

 

足?!

他にも自覚できない心体内外の変化はあるのかもしれませんが、今回気がついた2つに関しては「足」ですね。

 

なんにせよ有り難い変化でしたし、有り難い変化の中には「最近治療を受けた」という事実が含まれていることは確かですものね。

 

今日も、ありがたい、ありがたい。と思いながら過ごした時間がありました。

ありがたいです。

Gordon JohnsonによるPixabayからの画像

 

あなたにも、皆様にも、朗らかな時間がありますように。

ありがたく感じる時間がありますように!