名古屋でお会いしましょう(^^)
詳細は下記のリンク内にございます。
日程はタイトル通り
11/23(土)、24(日)です。
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彼は運動神経が素晴らしくて
動きも早い。
彼は広いベランダで三輪車をこいでた。
天気も良くて、風も爽やかで、柵があるから安心だけど
彼は運動神経が良いので
目を離したすきに柵に登りそうで目は離せない。
それでも
ポカポカ陽気で彼も気持ちよさそう。
しばらくしたら、
私を振り返って
「ミャオミャオ」と言った。
大人の目線からは見えづらい所に猫がいた。
彼もミャオミャオの観察態勢に入る。
2人で並んで、じっと見ていたら
親猫が子猫を連れている事がわかった。
ママミャオミャオと
ベイビーミャオミャオだ。
彼とベランダの柵にへばりついて
隣家へ移動していく2匹の猫を目で追いつつ眺めていて、親子の猫が視界から消えた時に彼が「ナイナイ」(無い)と締めくくった。
そう、
見えなくなったら、「無い」のと同じ。
「今ここ」とはこんなこととも言える。
先の心配も実際に見えてなければ「無い」
過去の体験も今再現されてなければ「無い」のだけれど
それを「有る」にしているのは私達の脳の力。
未来に生きるのも
過去に生きるのも
今を生きるのも選べる。
彼は 今 を生きている。
多くの大人が忘れてしまったり、できなかったりする事をやすやすとできてる。
勉強したから出来るようになったわけじゃ無いし
難しい事を考えたわけじゃなくても
出来るものは出来る。
ほんと、私自身もアレコレ考えてきたけれど、物事はシンプルだとつくづく思うようになった。
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私は熱心にお人形遊びをしなかった。(と、思う)
それに、
シルバニアファミリーという人形達は
私の子供の頃に近くになかった。
ハロウィンパーティーを楽しみにしている女の子と、
パーティーから帰ってきてから宿題をするのは随分面倒になるから今のうちに宿題を終わらせてしまおう!と話した。
今日のメインはハロウィンパーティー!
今のうちに宿題をやるのも面倒は面倒だけど、早めにやっちゃうと後が楽だから。と自分でさっさと宿題をやり始めた女の子の姿にめっちゃ感動した。
宿題をさっさと終えた後、
また教科書を開いていたんだけど、
「もう宿題も終えたし、今日はもう いっか。」と2人でシルバニアファミリーの向かいに移動。
いろんな子が遊んで乱れていたハウスの中を彼女は丁寧に整えていった。
その手つきがとっても優しい。
(あぁ、女の子だなぁ )と思った。
ハウスの中を整えながら、お喋りするその内容もとにかく可愛い。
◯◯ちゃん、とっても可愛いね!という言葉と、
◯◯ちゃん凄い!という言葉ばかり私の口からは出る。
実は、
「(この建物内だけじゃなくて)
少しの時間なら散歩に行けるけどどうしたい?」と彼女に尋ねたんだけど
「この後ハロウィンパーティーがあるから、散歩してあんまり汗をかきたくない」とキチンと希望を教えてくれた。
私は彼女のこの返事で
この後、家に帰ってハロウィンパーティーの仮装をするんだけど、
その前にシャワー浴びるわけじゃない。ということを理解した。
大人同士でも
子供に対しても
やはり会話をしないとわからない。
会話をしても理解し合えるわけじゃないけど、会話をしてわかりあおうとする姿勢は大事だなぁ って今日も思った。
察することがカッコいいわけじゃない。
察することだってTPOがあって
察しない事が大切なシーンだって山ほどある。
またまたこんなことを思った。
私は独身だし、子供もいない。
そんな私がお母さんや子供達のサポートをしている。
昔から、動物や子供達とは仲良くなりやすい。
認知の影響よりも、本能の影響が強い状態でのコミュニケーションが良いのかもしれない(と、勝手なことを書いてみた)
度々書いているちびっ子達との関わりは、
依頼を頂いて、スケジュールが合うなら行うという有償ボランティアを通じての体験です。
ある日、「地域と関わるってどういうことだろう?」「どのようなことが地域と関わるという事だろうか?」と頭に浮かび
その1つとしてこの有償ボランティアの問い合わせをした。
ひょっとしたら、有償ボランティアということすら把握できていたか怪しかったかもしれない。
だから、実際にサポーターとして登録したあとも、
現場に出向くガソリン代くらいがペイできるかな? いや、持ち出しかな? という感覚だった。
持ち出しなら持ち出しでしばらく関わってみようかな。という感じ。
ちゃんと講習を受けてサポーター登録するし
無償にせよ、有償にせよ、根が真面目なので手加減のようなものはしていないつもりだけれど、知らないことは出来ないのでその都度教えてもらっているうちに、
おかげで随分知らなかったことを覚えてきた。今時のおむつ事情もその1つだったし、今時の非常に良く出来ているちびっ子たちの幼児必須グッズも覚えた。
そんなこんなで
頻繁に会う子もいると、やっぱり初対面の頃より、ちょっとした親密さを感じる瞬間が出てくる。
母と息子ってこんな風に感じるのだとしたら、
そりゃあ 結果的に息子がまるで恋人のような生活になり、お父さんは影が薄まるわなぁ~と思えた。
夫への愛と息子への愛、同級生へ感じる愛、同僚に感じる愛など文字にすると区別しやすいけど、経験値が余りに増え、愛情が深まるように感じると明らかな境界線など存在しなくなるんだろうな。と。
母と息子も相性があるだろうから、
息子だか恋人だかわからなくなるような相性もあれば
息子は息子、あくまで巣立っていく存在。ととても線引きができるような相性もあるんだと思う。
母であっても、息子と言う存在にあまり興味が無い女性もいる。
義務があるから育ててる。という気持ちを耳にしたこともあるし
息子は私の人生や命です、というセリフも耳にしたことがある。
なんとなく、イメージしていた
「夫の存在が薄くなる」ということが
会話が成り立つ子供となんだかチームのような感覚になることで、一歩進んだ感覚として「夫の存在が薄くなる」という現象が捉えられたような気がしたという話でした。
そこにも、相性があるんだね、ということと合わせて。
何度も書くけど、私は独身なんだけどね。(笑)
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ちびっこが思わず痛い事をした。
私も思わず「痛っ」と口から出た。
ちびっこのお母さんが
「ごめんなさい しなさい」と言ったら
ハーフの彼に頭をヨシヨシと撫でられて
ほっぺたにチュッとされた。
普段
頭をヨシヨシされて、ほっぺたにチュッとされることが無いので
いい年をした私は
おっ! (o_o)
と、とても新鮮だった。
私は現在こどもの彼に(他人だけれども)やっぱり出来る限りの愛情を注いじゃう。
我が子がいないので、それと比較する「よその子」と言う感覚はない。
言葉では他人と書くけれど
目の前にいたらただただ可愛い子供でしかない。
ご縁があって、サポートするちびっ子達は皆んなそう。
ちびっ子じゃなくて大きくたってそうだ。
私に限れば、
女性らしさはイマイチでも
母性は結構あるんだろう。
遥か昔、私のことを勝手に占った身内から『ミキは母性が多いんだって』『多すぎる位なんだって』と聞かされた。
自分を振り返っても、別に多過ぎはしないと思うが普通には有るとは思う。
だから、遥か昔、こんな占い結果を勝手に聞かされた時は(ふーん)と思ったけれど、今はそれを遺憾なく発揮する場所を与えられたのかもしれない。
そして、不定期だけど子供達と遊んだり、一緒にお留守番をして
ちびっ子達と触れ合っていると
深層リンパドレナージュの親子体験の良さをしみじみと感じられる気がしている。
施術はこちら
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家族体験、家族コース参加希望はこちら。
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頭をヨシヨシと撫でられたり
触られたりと言うことは
日頃、する側ばかりで自分のケアは後回しの(これは施術者・施術を仕事にしている方にも言える)お母さんの方こそ癒されるんだなぁって。
是非、深層リンパドレナージュの親子体験をしてみてくださいね。
マンツーマンから体験会をいたします。
お申し込みはこちらからどうぞ。
スキンシップって対等なんだよね。
お母さんが、子供からしてもらうスキンシップから得るものはとても大きい。
深層リンパドレナージュの家族コースの手技も絶妙だし。
ぜひ、親子体験コースを味わってみて欲しいです(^^)
深層リンパドレナージュ体験というより、
心と体の仕組みを利用した心体カウンセリング™ の体験がメインなのはこちらです。
ホームページにこちら↓のコラムを先に書き、
こちらのコラムが続編のような形になった。↓
こういったことも、何度も書いたので
当面(またはこの先ずっと)書かないことにしようとと思った。
ちょっとした自分の中の完了が起きたようだった。
完了がおきたら、締めくくりのような情報がまた視界に登場した。
シンクロはこの時も健在のようだったし、完了が結果的に今回の分先に延びた。
しかし、
私の書いたことがイメージしやすい映画を見てしまったのでぜひ紹介したくなりました。
こちらです。
↓
視覚情報を(死体の)脳から再生するという装置が登場しているが
以前書いたこちらのコラム↓の内容(特に、この中の『確かに視覚=脳ではあるかもしれないが、視覚=認知と言いきれるのか?』の章)とも非常に近く、
しかし、もっと「見えているものが個々で違う」「幻視も本人にはFACT」ということとして再生されるという面白いシーンがあった。
映像を録画して再生しない限りは、FACTは世の中に無いのかもね。
ということを過去に書いた自分に拍手しそうになった。(笑)
これらを「空(くう)」と認知されているケースもあるんだろうけれど、「空」という概念と、こういった身の回りの出来事を一致させるということは少ないのかもしれないですね。
概念をもてあそぶことや、論議する楽しさも私達人間の知性を使った楽しさだと思っていますが、
それとは別にそれら概念をどこまで自分の身の周りに落とし込めるのか?も私はとても大切にしています。
興味は尽きませんが、好みは大きく分かれるでしょう。
映画の内容は書けません。
装置は楽しかったし、私の今回ご紹介したい説明の部分は映画の前半でした。おかげで後半の内容はあまり真剣に見ていなかった。
(そしてその後、寝てしまった。)
映画の中で、装置の説明が始まり
すぐさま、
(え!? ということは脳内再生はあくまでも「当人の認知範囲」よね?)とか疑問がわいたのですが
思うや否やその部分も説明されていたので、変に先延ばしされなかったのも良かった。
これに関しては、
下のような視点からの記事も書いていますので
興味のある方は読んでみてください(^^)
念のため書いておきますが、
あくまでも映画の中の装置と設定のお話です。
医学的、脳的な真実とは申し上げておりませんのでご了承ください。
ただ、FACTの概念の多様性を創造するためには楽しい説明と映像でした。
それにつけても、セルフケアを推奨しています。
生きづらい認知があれば、ちょっとずつ修正していきましょう(^^)
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料理上手な方は
きっと豆の缶詰もさぞかし華やかな料理に変身させると思います。
友人を招いて料理をふるまうことを
ごくたま~~~~にするんだけど
(今年は一度もない)
普段自分だけのために、凝った料理を作ることはない。
そして、豆の缶詰。
頂きました。
甘い煮豆ではなくて、洋風のおかずの豆の味のもの。
そのままでももちろん食べられるから食べた。
台風の時に非常食にして食べた。
もう1つ頂いた。
さて・・・と考えて、カレーをかけてみた。
いけた。
洋風味の豆の缶詰にはやけにカレーが合う事を発見した。
ただこれだけの話で申し訳ない。
つい自分の発見が嬉しくて書いてしまった。