沖縄に別の予定あって、内地から来沖される方から
「練習会の日程と合うので参加したい」とご連絡を頂いた。
もちろん大歓迎。
いろいろあって、練習会予定日時には間に合わなかったので
「マンツーマンになりますが、予定が合えば別日にいかがですか?」と尋ねたら
それは折り合わなくて見送りになった。
しかし、私はこんなやる気のある方は大歓迎。
日時の調整がつくのなら調整して練習会を行いたい。
ということがあったのですが
その後、別の方から
「キネシオロジーの練習会に参加したい」とリクエストがありました。
予定日とは違っても、ご希望の日と私の都合がつけば
マンツーマンでOKなら練習会は喜んで開きたい。
少しでもキネシオロジーを自分に沁み込ませたいと思ったら
そういった機会は自分で参加していかないと中々ない。
誘ってもらうのを待っていたら月日は経ち、キネシオロジーは忘れていく。
私は沖縄という環境もあり
自分から動かないと誰も何もおぜん立てしてくれないという環境だったので
自分からどんどんやっていった。
今、キネシオロジーを始めて約10年になろうとしているが
そういった自分の経験から
ヤル気のある方への「練習の場はいつでもここにあるよ。」というスタンスだけは持っていたいと思っている。
参加者がいようが、いまいが、そこは全く気にしていなくて
ただ、練習できる場は提供できるようにしていたいと思っているだけです。
誰のやる気があるとか、
誰がやる気がないとか、そういったことも私には関係のないこと。
ご当人がキネシオロジースキルを向上したいかどうかだけを自分で選んだら良いだけだから。
私は自分からどんどんやっていけるスキルというか、
まぁ一種のヤル気や興味があったので、
それはもうあっちこっちでお願いしてキネシオロジーの練習をさせてもらった。
練習したいので付き合ってください。とお願いして
大抵は「いいよ」「なにそれ?!」と快く了承して頂いた皆様にキネシオロジー体験も楽しんでもらいつつ、
私は私で経験値を積んでいった。
しかし、これは誰にでも出来ることじゃないという事が後々わかったので
それならば。と希望したらいつでも参加できる練習の場を設けておこうということに繋がっている。
だから、
参加者同士のもじゃもじゃした軋轢やら葛藤やらもあるときもあるだろうけれど
「自分のキネシオロジースキルの向上に集中したら良いのにな」とも思ったりした。
しかし、またまたその後
参加者同士のもじゃもじゃした軋轢やら葛藤やらも含めての練習会だという事も理解した。
おそらく、
「自分のキネシオロジースキルの向上に集中できる」状態になるまでの道のりが長いのかもしれない。
しかし、そういったことも含めて自分のケアはした方が良いだろうと思っています。
人様のバランス調整をするのなら
自分のそういった葛藤や軋轢をしっかり練習会で感じる、自覚することは大切だろうし、
それをその場でどんどんケアしていってもいいし
自宅に帰ってセルフケアしたって良い。
だから、軋轢や葛藤があろうがなかろうが練習会とは意味があるんだな。
そうったものも含めて、練習会って素晴らしいシステムだなって今は思っています。
セラピーを習っていても、
行っていても
軋轢や葛藤やもめ事はおこるということこそ自覚しておくと良いと思うし
その中にいても練習に集中していたら全然そういったことも気にならないのかも知れないし、
そう言った周りの環境に影響を受けて練習会が嫌になることだってあるのかもしれないし
そういった周りからの影響をいかに自分が受けているのかに気がついてバランス調整を行った結果全然平気になる様に自分を整えることだってできるし
参加をやめることもできる。
軋轢やもめ事、自分が感情的に反応したからと言って主催者の責任にするのはちょっと控えてあげて欲しい気もする。(全国の練習会主催者さん達、ありがとうございます。時として、ご苦労様でございます。)
沖縄の場合は、受け皿は用意しているがそもそも参加者が余りいないのでなんだし、私自身はこういった主張を伺ったとしても
ご意見としては伺うが、そういった感情的に反応して責任者にその運営責任を問うというそのご本人もバランス調整を一度してみてはどうだろうか?(または自分の反応の解析、分析を行ってみたのだろうか?)と思ったりするだろうから傷つくようなことはないが、
こういった事を踏まえつつも練習会を開催する必要があるだろうか?とか
私は練習会を開催しなくても良いんじゃないか?とかは頭によぎる。
ということも踏まえて、
毎月沖縄の練習会の日程は組んでいる。
受け皿は用意しておきたいという気持ちだけは今のところ有る。
もし揉めたりしたとしても、私はそれをとりなす予定は余りない。(まだもめてないから、もめてから考えます)
↑ こういったことよりも、本来の目的に私も意識を集中したい。
本来の目的とは、自分もそうだったけど、
どんどん伸びていきたい!と情熱がある最中ならば応援したいし
私がお伝え出来ることがあればお伝えしたい。ということに他ならない。
なぜなら、私もキネシオロジーのことを誰かと話したかったし
少しでも教えてくださった方にとっても感謝しているからです。
そして、今でも少しでも教えてくださった方にとても感謝の気持ちがわく。
私が現在もっているキネシオロジーの知識を
練習会という場でペイフォワードしているような気分。
講座とは違って、もう少し専門的なことを私もお伝えできるほどキネシオロジーと出会って月日が経ったのだなぁと思う時があります。
・・・つづく
kinesiology.wp-x.jp
・・・つづく