2020年 元旦

今年も宜しくお願いいたします。

 

以前勤めていた会社の上司が毎年年賀状をくださいます。

 

2019年、Facebookを始められて、私の投稿も見てくださったことは存じ上げていましたが、年賀状に「いつも見ています」と書いてくださって感謝しています。

 

上司Bさんとご一緒した会社の仕事は、人生で一番ウマくいかない仕事でした(笑)

私はあの仕事をして、それまでの他の仕事が自分に合っていたんだということに改めて気がつきましたもの。そして、この会社のあとの仕事もやっぱり向いていました。

働くことが基本好きな様なのですが、あの時はホントうまくできなかった。

 

私がウマくいっていないことは上司のBさんがよくご存じでしたが、そう言った事で叱るわけでも、嫌味を言うわけでもなく、いつもニコニコしてくださっていました。

 

今でも思い出すし、これは物事の基本だなーと気がつかされたのは

Bさんはいつも「商品を愛せよ」とおっしゃっていた。

私はその会社の商品がやっぱり興味が持てなかったんですよね。自分が扱う商品に興味が持てなかった。

私のようなタイプは、売り上げることならどんな商品でも得意。という生まれついてのセールスの天才ではありませんので、好き(仕事が好き、内容が好き、自分でスキルを身につけていくのが好き)が無いと難しい。

しかし、セールスの天才さん達のような、「売るのが好き」という好きは無い。

 

しかし、それまで、図らずも好きな仕事をし続けてきたせいか、「興味が持てない」ということで苦しみを感じることがあるということを知らなかった。

 

そう、愛せない。

愛せない苦しみってあるんですよ。きっと。

愛さなきゃいけない。って義務感で続けることの限界が来るときとか。

 

愛の量も様々ですから、

数日分の愛の量と、

数年続く分の愛の量と、

数十年続く愛の量と

一瞬の打ち上げ花火のような愛の量もあるのですが

愛の量もそうだけど、内側から湧いてくるってことは大前提なんだなっていう

当たり前かもしれないことを私は仕事を通じてしみじみと感じたわけです。

 

しかし、仕事だからとか、義務だから、とそんなのやってるうちに何とかなるでしょう。(今までもやりがいを見つけ出したように)楽しくなるでしょう。と思っていたんですが

予想に反して全然楽しくならないどころか、興味が持てないってこんなに大変なことなんだ。と発見する始末でした。

 

良い経験でしたね。

上司のBさんには「出来の良い部下」ということもお見せ出来なかったどころか

鳴かず飛ばずの困った部下だったと思いますが

月に1度だったか、2か月に1度だったか、九州の支店から沖縄にいらっしゃったときに、いつもニコニコしているBさんに私は救われていましたね。

 

 

ですから、今、好きな事をやっているのは幸せでしかない。

愛せよ。と教わる前にもうとっくに愛してる。すぐさま愛してた。

 

あの頃とは全く違う顔、表情で仕事をしている姿をFacebookを通じてBさんに見ていただくことが出来ることはとても嬉しいです。

 

年賀状に

「頑張ってますね。毎日見ています」と書いてくださることも、勤めていた頃と変わらない私に注いでくれていたBさんの愛情だと思えて感謝の気持ちしか湧いてきません。

 

愛が基本だ。という言葉を初めて見聞きしたのがいつの頃か忘れましたが

言葉は理解できるけど、その当時はそれがどういうことなのか?自分にはそれがどう感じるのか?がやっぱりわかってなかった。

わかってないから、(そんなこと言っちゃって)と減らず口も言いたくなるし、斜に構えた反応もしたんだと思いますが

お陰様で今回生きているうちに「愛が基本だ」ということが腑に落ちるようになりました。

これだけでもひとまず合格だ。(笑)

 

 

2020年 皆さんが愛に溢れますように。皆さんと愛を感じますように。

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Capri23autoによるPixabayからの画像